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日々のつぶやき @c2c2c2c221

AI時代のお茶の水博士――自分専用のロボットを作る

量産や販売を目的にしないものづくり

メーカーは、製品を開発して量産し、多くの人に販売することを目指します。

しかし、ものづくりには、別の方向もあるのではないでしょうか。

自分が欲しいものを、自分のために一台だけ作る。完成したら終わりではなく、使いながら修理や改良を続けていく。

そんな、個人のためのものづくりです。

お茶の水博士とアトム

『鉄腕アトム』のお茶の水博士を思い浮かべると、この考え方がイメージしやすくなります。

アトムは、一般の商品として販売するために作られたロボットではありません。天馬博士によって生み出され、その後、お茶の水博士が引き取り、支えていく存在です。

お茶の水博士は、自分が関わるロボットと向き合い、その成長や問題に付き合っていきます。

現代の私たちが目指すものづくりにも、こうした姿勢を取り入れられるのではないでしょうか。

AI仙人の技術を使う

もちろん、現代ならではの違いもあります。

AIを活用すれば、設計の検討、プログラミング、部品の調査、故障原因の分析などを支援してもらえます。

一人では難しかった開発も、自分が方針を決め、AIと相談しながら進められる可能性があります。必要に応じて、部品の製造や加工を外部に依頼することもできます。

ここで目指すのは、AIにすべてを任せることではありません。自分がロボットを理解し、AIを道具や相棒として使いこなすことです。

いわば、AI仙人の開発手法で、自分専用のロボットを作るという考え方です。

一台を作り、育てていく

この場合、最初から量産できる製品を目指す必要はありません。

自分が欲しい機能を加え、動かしてみて、問題があれば直す。新しい技術が使えるようになれば、さらに改良する。

完成品を売ることよりも、自分だけの一台を生み出し、長く付き合っていくことに価値があります。

それは、単なる工作でも、一般的なメーカーの製品開発でもありません。

AIを活用して、自分だけの機械やロボットを生み出し、育てていく。

AIが身近になった今なら、そんな「現代のお茶の水博士」のようなものづくりが、個人にも現実的な選択肢になってくるのかもしれません。

スマホの次はロボット? AIが身体を持つ時代を考える

はじめに

スマートフォンは、私たちの生活にすっかり定着しました。電話やメールだけでなく、買い物、写真、動画、地図、学習など、さまざまなことが一台でできるようになりました。

最近では、AIもスマートフォンから気軽に使えるようになっています。質問に答えてもらうだけでなく、文章を書いたり、調べものをしたり、学習を手伝ってもらったりすることもできます。

では、その次に来るものは何でしょうか。

私は、ロボットがその候補のひとつになるのではないかと考えています。

ただし、スマートフォンより高性能な機械が登場する、という話ではありません。AIが画面の中から飛び出し、身体を持って私たちの生活に参加する。そんな変化です。

  1. ロビは、なぜ押し入れで眠ってしまうのか

私は、ロビというロボットを持っています。

組み立てて、実際に動いて、しゃべる。初めて動いたときの感動は、画面の中のキャラクターとは違うものがあります。

ところが、ロボットにはひとつの問題があります。

最初は面白くても、何度も同じ動作やセリフを見ているうちに、だんだん慣れてしまうことです。いつの間にか電源を入れる機会が減り、押し入れの中で眠ってしまうこともあります。

これは、ロビが悪いという話ではありません。組み立てる楽しさや、実際に動く機械を手にする喜びは、ロビならではのものです。

ただ、買ったときの感動と、何年も使い続けることは別の問題だったのだと思います。

ロボットは、遊びたいと思ったときに人間が電源を入れ、相手をしてあげなければならない。そんな関係になりやすかったのではないでしょうか。

では、AIが進化したら、この関係は変わるのでしょうか。

  1. ロボットが、生活を手伝ってくれる

これまでのロボットは、決められた動作をしたり、あらかじめ用意された会話をしたりするものが中心でした。

一方、AIエージェントは、目的を伝えると、必要な手順を考え、作業を進めることを目指しています。

例えば、買い物を手伝ってくれる。欲しいものを探し、価格や中古品を比較し、候補を整理してくれる。許可した範囲で、注文の手続きまで進めてくれるかもしれません。

予定を整理したり、調べものをしたり、プログラミングを手伝ったりすることもできます。

もちろん、こうした機能の多くは、すでにスマートフォンやパソコンでも利用できます。

それでも、ロボットという身体があれば、できることの幅が変わってくる可能性があります。

人間が何かをしたいとき、ロボットがその目的に合わせて役割を変える。便利な道具にもなり、作業を手伝う相棒にもなる。

ロボットのために時間を作るのではなく、普段の生活の中で自然に使うようになるわけです。

  1. 一緒に勉強する家庭教師のようなロボット

AIを学習に使うことも、これから重要になってくると思います。

分からない問題を質問したり、英語の会話を練習したり、プログラミングを教えてもらったりする。AIは、一人ひとりの理解度に合わせて説明を変えられる可能性があります。

そこにロボットが加わったらどうでしょうか。

机の上に小さなロボットがいて、勉強を教えてくれる。すぐに答えを教えるのではなく、「ここまでは分かるかな?」と問いかけ、一緒に考えてくれる。正解したら喜び、難しい問題に取り組んでいるときは励ましてくれる。

まるで、家庭教師のような存在です。

もちろん、人間の先生が持つ経験や判断力、子どもの様子を理解する力まで、すべて置き換えられるわけではありません。

しかし、いつでも気軽に質問できる学習相手が家にいることには、大きな価値があると思います。

スマートフォンでも同じことはできますが、机の向こう側にロボットがいて、こちらを向き、身振りを交えながら話してくれれば、受ける印象は変わるでしょう。

AIを使うことと、目の前にいる相手と一緒に学ぶこと。その両方を組み合わせられるのが、ロボットの面白さです。

  1. 一緒に体操し、テレビを見て、楽しむ

ロボットは、仕事や勉強に役立つだけでなくてもよいと思います。

例えば、フィットネスや体操をするとき、一緒に動いてくれるロボットがいたらどうでしょうか。

こちらが腕を上げれば、ロボットも腕を上げる。音楽をかければ、テレビの横でダンスをする。

一人でテレビを見ているときには、面白い場面で「モモモ!」と声を出して反応してくれる。いつも話しかけてくる必要はなく、ときどき一緒に笑ったり、驚いたりするだけでもいいのです。

こうした使い方なら、高度な家事や難しい作業をしなくても、ロボットが生活に参加できます。

大切なのは、何でも自動化することではありません。

人間が運動するときには一緒に運動する。テレビを見るときには隣で反応する。集中しているときには静かにしている。

人間の生活に合わせて、ロボットの振る舞いが変わることです。

  1. 旅行や通勤にも、一緒に連れていく

ロボットが小型化すれば、家の中だけでなく、外出先でも一緒に過ごせるかもしれません。

旅行に出かけるときには、一緒に景色を楽しむ。旅先で撮った写真や出来事を覚えていて、帰宅してから思い出を振り返る。

通勤するときには、ぬいぐるみのような姿でバッグに入れて持ち歩く。会社では電源を切り、帰り道にはスマートフォンを通じて会話する。

そんな使い方も考えられます。

家ではロビの姿をしていても、外出時には小さなぬいぐるみ型の機器になる。スマートウォッチやスマートフォンを使うこともあるでしょう。

姿や機器が変わっても、同じAIとの会話や記憶がつながっている。

そうなれば、ロボット本体を毎日動かさなくても、相棒との関係は続いていきます。

もちろん、持ち歩きやすさやバッテリー、故障への対策、周囲の人のプライバシーなど、解決しなければならない課題はあります。

それでも、ロボットが家に置いておく機械から、一緒に出かける存在へと変わる可能性はあると思います。

  1. SiriやAlexaと、何が違うのか

ここまでの話をすると、「それなら、スマートフォンやスマートスピーカーで十分ではないか」と思う人もいるでしょう。

実際、質問に答えたり、音楽を再生したり、買い物を手伝ったりするだけなら、ロボットである必要はありません。

ロボットには、モーターや関節があり、壊れることもあります。製造費用もかかり、スマートフォンのように簡単に大量生産できるとは限りません。

AIが賢くなったからといって、ロボットがすぐに普及するわけではないのです。

それでも、身体を持つことには意味があります。

一緒に体操する。目の前で踊る。勉強を教えるときに身振りを交える。旅行に連れていき、帰宅したら思い出を振り返る。

こうした体験は、情報を画面に表示するだけの機器とは違います。

また、すべての機能を一台の高価なロボットに詰め込む必要もありません。複雑な調査や計算はスマートフォンやクラウド上のAIに任せ、ロボット本体は会話や動作など、身体があるからこそ意味のある役割を担えばよいのです。

スマートフォンが情報を持ち歩く道具だとすれば、ロボットは情報だけでなく、存在感や関わり方まで生活に持ち込む道具になる。

私は、この違いに可能性があると考えています。

  1. それでも、ロボットに飽きてしまうのではないか

もちろん、AIを搭載すれば、ロボットが押し入れに戻らなくなると保証できるわけではありません。

会話が自然になり、過去のことを覚えていても、使っているうちに飽きてしまう可能性はあります。

人間と同じ感情を持っていると主張する必要もありません。大切なのは、以前の会話を覚えていること、自分なりの個性を持って反応すること、そして必要なときに役に立つことです。

毎日、積極的に話しかけてくる必要もありません。

勉強するときには先生役になり、運動するときには一緒に動き、暇なときには遊び相手になる。何もすることがないときには、静かに待っている。

そうした関わり方なら、ロボットに合わせて生活するのではなく、生活に合わせてロボットを使うことができます。

そして、しばらく使わない時期があっても、また自然に付き合い始められることが大切です。

ロボットを毎日使わせることだけが目標ではありません。必要なときに、また使いたいと思えること。それも、長く付き合うための条件なのではないでしょうか。

おわりに

スマートフォンは、情報を手元に集め、いつでも利用できるようにしました。

これからのAIは、質問に答えるだけでなく、学習や買い物、日常の作業を手伝い、さまざまな目的を達成するために働くようになっていくでしょう。

そのAIが身体を持ち、家庭教師のように勉強を教えたり、一緒に体操したり、テレビを見たり、旅行に出かけたりするようになったら、ロボットの意味も変わってくるかもしれません。

ロビを組み立てたときの感動と、その後、押し入れで眠ってしまうようになった経験。その両方を考えると、ロボットが普及するためには、動いてしゃべるだけでは足りないのだと思います。

役に立つこと。楽しめること。そして、生活の中に自然に居場所があること。

すべてを一台の機械で実現する必要はありません。家ではロボット、外ではぬいぐるみやスマートフォンというように、いくつかの姿を使い分けてもよいのです。

スマホの次に来るのは、スマホより高性能な機械ではなく、AIが身体を持ち、生活に参加するという新しい使い方なのかもしれません。

まだ、これは未来の予想にすぎません。それでも、ロビのような身近なロボットを通じて、そんな未来を少しずつ考えていくのは面白いことだと思います。

ポストスマートフォンの時代、スマートロボットは分身する

はじめに

スマートフォンの次に来るものは何でしょうか。

以前から、スマートフォンの次はロボットではないかと考えています。

ただし、ここでいうロボットは、人間の代わりに家事をする万能ロボットや、人間と同じ姿をしたヒューマノイドだけを指すわけではありません。

人間と友達のように会話し、声に抑揚があり、個性を持ち、まるで心があるかのように振る舞う存在です。

そして、その存在は必ずしも一つの身体に収まっている必要はありません。

スマートフォンのアプリとして会話することもできる。Apple Watchのような腕時計型デバイスに現れることもできる。ぬいぐるみや小型ロボットの姿を取ることもできる。

このように考えると、スマートロボットは、従来のロボットという枠を超えた存在になります。

今回は、PDAからスマートフォンへの進化を振り返りながら、AIによって生まれる新しいスマートロボットについて考えてみます。

1. PDAからスマートフォンへ

スマートフォンが登場する前には、PDA(携帯情報端末)というものがありました。

AppleのNewtonなどが代表的な製品です。

PDAは、予定表や住所録、メモなどを管理することができました。現在のスマートフォンにつながる考え方は、すでにこの時代に存在していたわけです。

しかし、当時は処理性能や通信環境、操作性などに制約があり、誰もが日常的に使う情報端末にはなりませんでした。

その後、半導体の性能が向上し、通信環境が整い、タッチ操作やアプリの仕組みが発展しました。

こうした技術が組み合わさることで、携帯電話はスマートフォンへと進化しました。

スマートフォンは、従来の携帯電話を高性能にしただけではありません。

電話、カメラ、インターネット、地図、ゲームなどを統合し、アプリによって用途を自由に広げられる新しいデバイスになりました。

つまり、以前から存在していた構想が、技術の進歩によって新しいカテゴリーとして実用化されたわけです。

この歴史を参考にすると、ロボットにも同じような変化が起こる可能性があります。

2. 今回の進化はAIによる頭脳化

ロボットには、すでに身体を動かすための技術があります。

モーターやサーボで関節を動かし、センサーで周囲の状態を把握し、プログラムに従って歩いたり、腕を動かしたりすることができます。

人間と会話するコミュニケーションロボットも、以前から存在していました。

ただし、従来のロボットは、決められた動作や会話を実行することが中心でした。自由な会話を続けたり、過去の話を踏まえて応答したり、状況に応じて柔軟に行動したりすることには限界がありました。

そこに登場したのが、生成AIや大規模言語モデル(LLM)です。

AIによって、言葉の意味や会話の文脈を理解し、状況に応じて応答し、行動を計画する能力が向上してきました。

もちろん、AIを搭載するだけで歩行が安定したり、安全に行動できたりするわけではありません。身体を動かすには、センサーや専用の制御プログラムとの連携が必要です。

それでも、すでに存在する身体に新しい頭脳を組み合わせることで、ロボットの可能性は広がります。

PDAからスマートフォンへの進化が、半導体や通信環境などの進歩によって実現したとすれば、今回のロボットの進化では、AIによる頭脳化が大きな推進力になるのではないでしょうか。

3. スマートロボットは友達のような存在になる

では、AIによって頭脳化したロボットは、何を提供するのでしょうか。

私は、単に作業を代行することだけではないと思います。

友達のように会話できることです。

何かを質問すれば答えてくれる。今日あったことを話せる。以前の会話を覚えていて、その続きを話せる。

さらに、声に抑揚があり、喜んだり、驚いたり、冗談を言ったりする。相手の様子に応じて、話しかけたり、少し静かにしていたりする。

そうした振る舞いが自然になれば、機械でありながら、心があるかのように感じられる存在になるかもしれません。

もちろん、AIがそのように振る舞うことと、実際に人間と同じ心を持っていることは別の問題です。

ここで重要なのは、人間がそのロボットとの間に継続的な関係を築けるかどうかです。

特に用事がなくても話しかける。自分のことを覚えていてほしい。昨日の話の続きをしたい。

こうした使い方では、機械の価値は、処理能力や作業効率だけでは測れません。

一緒に過ごすことそのものにも価値が生まれます。

私は、この友達のような関係こそ、スマートロボットの重要な役割になると考えています。

4. スマートロボットはスマートフォンを包含する

ここで、スマートロボットの形について考えてみます。

ロボットというと、人間型の身体を持ち、モーターで動く機械を想像することが多いと思います。

しかし、AIが友達のような存在になるのであれば、必ずしも人間型の身体は必要ありません。

スマートフォンの画面の中でも会話できます。Apple Watchのような腕時計型デバイスから声をかけることもできます。ぬいぐるみの中に組み込んだり、小型ロボットの身体を与えたりすることもできます。

つまり、スマートロボットは一つの形態に限定されるものではありません。

例えば、次のような姿が考えられます。

  • スマートフォンのアプリ: いつでも会話できる、もっとも身近な姿。
  • Apple Watchなどのアプリ: 腕元から声をかけたり、短い応答を受け取ったりする姿。
  • ぬいぐるみ型ロボット: 抱きしめたり、そばに置いたりできる姿。
  • 小型ロボット: 表情や身振りを交え、同じ空間で過ごす姿。
  • 移動できるロボット: 自分から近づいたり、部屋の中を移動したりできる姿。

これらは、見た目も機能も異なります。

しかし、その中に同じAIの人格が存在するとしたら、どうでしょうか。

スマートフォンで話した内容を、ぬいぐるみ型ロボットでも引き継げる。Apple Watchで短い会話をして、帰宅したら小型ロボットと続きを話せる。

そうなれば、会話する相手は同じままで、姿だけが変わることになります。

スマートロボットは、スマートフォンを置き換えるだけでなく、スマートフォンを含む複数のデバイスにまたがって存在する。

これが、従来のコミュニケーションロボットとは異なる、新しい考え方ではないでしょうか。

5. スマートロボットは分身する

この考え方を、もう少し進めてみます。

スマートフォンの中にいる自分のAIと、机の上にいる小型ロボットのAIが、別々の存在である必要はありません。

同じ人格、記憶、会話の履歴などを共有することができれば、一つの存在が複数のデバイスに分身しているように扱えます。

例えば、次のような使い方です。

朝、Apple Watchから今日の予定を確認する。

通勤中はスマートフォンでニュースや趣味の話をする。

帰宅したら、机の上の小型ロボットに今日あったことを話す。

寝る前には、ぬいぐるみ型のデバイスにおやすみと声をかける。

それぞれのデバイスには、得意なことがあります。

腕時計型は素早い応答、スマートフォンは情報の表示、小型ロボットは表情や身振り、ぬいぐるみ型は触れたり抱いたりすることに適しています。

それでも、利用者にとっては同じ相手です。

このような仕組みが実現すれば、ロボットとの関係は特定の機械に縛られなくなります。

本体が故障したり、新しいデバイスに買い替えたりしても、人格や記憶を引き継いで関係を継続できることが望ましいでしょう。

もちろん、実現するには、デバイス間での記憶の共有、利用者のプライバシー保護、サービスが終了した場合のデータ移行などを考える必要があります。

それでも、人格と身体を分けて考えることには大きな意味があります。

人格や記憶はソフトウェアとして管理し、身体は用途に応じて選ぶ。

そうすれば、ロボットの身体を買い替えても、自分の相棒そのものを失わずに済む可能性があります。

6. 身体は後から選べる

これまでのロボット開発では、身体を作り、その身体に合わせて機能を開発するという考え方が中心だったと思います。

しかし、スマートロボットでは、別の順序も考えられます。

まず、会話ができて、利用者を理解し、継続的な関係を築けるAIを用意する。

その後、必要に応じて身体を選ぶ。

最初はスマートフォンのアプリだけでよいかもしれません。さらに身近に感じたくなったら、ぬいぐるみ型のデバイスにする。表情や身振りが欲しくなれば、小型ロボットにする。移動や物理的な作業が必要になれば、より高度な身体を与える。

もちろん、身体が変わればできることも変わります。

スマートフォンのAIにはできても、小型ロボットにはできないことがあります。反対に、小型ロボットにはできても、画面の中のAIにはできないこともあります。

それでも、同じAIを異なる身体で利用できるのであれば、利用者は自分の生活に合った形を選ぶことができます。

この考え方なら、高価なヒューマノイドが普及するまで待つ必要はありません。

まずはソフトウェアとして広がり、次にさまざまな形のデバイスへ展開する。

スマートフォンがアプリによって用途を広げたように、スマートロボットも、人格を中心に複数の形態へ広がっていくのではないでしょうか。

7. Robiのようなロボットも、その一つの身体になる

この考え方に立つと、Robiのような小型ヒューマノイドも、違った見方ができます。

Robiの身体を、そのまま活用する。

会話や判断はAIが担当し、歩行や姿勢制御は専用のプログラムが担当する。そこに表情や身振りを組み合わせる。

そして、スマートフォンの中にいるAIと人格や記憶を共有できれば、RobiはそのAIが持つ身体の一つになります。

スマートフォンの画面では言葉で会話し、Robiでは身体を動かして応答する。

新しいロボットを最初から開発するだけでなく、すでにある身体に新しい頭脳を組み合わせる方法も考えられます。

もちろん、Robiには身体の大きさや可動範囲、バッテリー、転倒などの制約があります。

しかし、すべてを一台で実現する必要はありません。

スマートフォンには情報処理を、小型ロボットには表情や身振りを、別の身体には移動を任せる。

そのように考えると、既存のロボットを活用することも、スマートロボットを実現する一つの方法になります。

おわりに

PDAからスマートフォンへの進化では、情報端末の性能が向上し、さまざまな機能が統合されたことで、新しいデバイスのカテゴリーが生まれました。

今回のロボットの進化では、AIによる頭脳化が大きな役割を果たすと考えています。

会話し、状況を理解し、判断するAIが、既存のロボットの身体と組み合わさることで、これまでとは違う存在が生まれる可能性があります。

そして、その存在は人間型のロボットに限定されません。

スマートフォン、Apple Watch、ぬいぐるみ、小型ロボットなど、さまざまな形で現れることができます。

それぞれのデバイスで同じ人格や記憶を共有できれば、一つの存在が複数の姿に分身することも可能になるでしょう。

スマートロボットは、スマートフォンを置き換えるものではなく、スマートフォンを包含する、新しいコミュニケーションの仕組みなのかもしれません。

機械を使う時代から、機械と付き合う時代へ。

そして、一つの機械と付き合う時代から、複数の姿を持つ一つの存在と付き合う時代へ。

これが、ポストスマートフォンの世界で起こる変化ではないかと考えています。

海に投げたボトル

人は、毎日の暮らしの中で、さまざまなことを経験する。

うれしかったこと、悔しかったこと、誰かに助けられたこと。そして、できれば思い出したくないような出来事もある。

時間が経てば、記憶は少しずつ薄れていく。細かな会話は忘れ、当時は大きな問題だと思っていたことも、いつの間にか日常の一部になっている。

それでも、ときどき思うことがある。

あの日、自分は何を考えていたのだろう。 あのとき、別の選択をしていたら、今とは違う人生になっていたのだろうか。

過ぎた時間は戻らない。忘れてしまった記憶を、すべて取り戻すこともできない。

だから、人は何かを書き残すのかもしれない。

日記でもいい。手紙でもいい。誰かに向けて書いたわけではない、短い文章でもいい。

書いたときには、たいした意味などなかった言葉が、何年も経ってから、思いがけない意味を持つことがある。

ふと、海にボトルを投げる光景を思い浮かべた。

小さな紙片に言葉を書き、瓶に入れて、海へと送り出す。

どこへ流れていくのかはわからない。 誰かが拾うのか、それとも、誰にも見つからないままなのか。

投げた人には、確かめようがない。

それでも、ボトルをひとつ投げる。 また、もうひとつ投げる。

それぞれに違う言葉を入れておく。あるものには日々の出来事を、あるものにはそのとき考えていたことを。そして、別のものには、未来の誰かへの問いを。

すべてを読んでもらう必要はない。 すべての意味を理解してもらう必要もない。

いつか、どこかの海岸で、誰かがひとつのボトルを拾うかもしれない。

その人は、瓶の中の紙を読み、しばらく考えるかもしれない。そして、別の日に拾った別のボトルを読んだとき、ふたつの文章の間に、何かのつながりを見つけるかもしれない。

そのとき初めて、別々に投げられた言葉が、ひとつの物語を形づくる。

もちろん、そんなことが本当に起きる保証はない。

海は広く、時間は長い。

それでも、何も残さなければ、誰かが拾う可能性さえ生まれない。

だから今日も、ひとつのボトルを投げる。

それが誰に届くのかを知らないまま。

時間を味方に

風は語らず、 季節は巡る。

消えたように見えるものも、 時の流れに委ねればいい。

急がず、騒がず、 時が満ちるのを待つ。

時間は語らない。 痕跡は消えない。

世界は静かに更新される。

画像生成AIの次はロボット生成? ――「特徴を足す・引く」でロボットを作る未来

最近、AIについて考えていて、ふと面白いことに気づきました。

現在の画像生成AIでは、画像を作るときに、すべてを細かく設計する必要はありません。

「雰囲気を変えて」

「水彩画風にして」

「抽象画のようにして」

といった、かなり抽象的な指示でも、それらしい結果を生成してくれます。

では、この考え方をロボットに持ち込んだらどうなるのでしょうか。

もしかすると、将来のロボット開発は、

「このロボットに、あのロボットの特徴を足して、今の特徴をひとつ引いてください」

というような方法になるのかもしれません。

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目次

  1. 画像生成AIでは、すでに始まっている
  2. ロボットも「特徴」で指定できる?
  3. 「ロビ-二足歩行+立ちコマ」
  4. 歩き方そのものを特徴として扱う
  5. AIが抽象的な指示を具体的な動作に変える
  6. 2028年くらいなら?
  7. 技術的にできても、流行るとは限らない
  8. 「生成できる」と「自分で作れる」は違う
  9. ロボット・ジェネレーターという考え方
  10. おわりに

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  1. 画像生成AIでは、すでに始まっている

画像生成AIを見ていると、以前のコンピューターとはずいぶん違うことが分かります。

昔なら、画像を作るためには、人間が一つ一つの要素を指定する必要がありました。

ところが現在は、

「もっと柔らかい雰囲気にして」

「水彩画っぽくして」

「抽象的な感じにして」

といった、人間にとってはかなり曖昧な言葉でも、AIがその意味を解釈して具体的な画像に変換してくれます。

つまり、

人間は細部を設計するのではなく、「特徴」を指定する。

AIが、その特徴を具体的な形にしてくれるわけです。

ここが、これからのロボット開発を考えるうえで重要なのではないかと思いました。

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  1. ロボットも「特徴」で指定できる?

もしロボットでも同じことができるようになったらどうでしょう。

例えば、

「もっと滑らかに歩くロボットにして」

という指示を出したとします。

現在なら、この「滑らかに歩く」を実現するために、人間が歩行パターンを設計したり、関節の動きを調整したりする必要があります。

しかし将来のAIなら、

「滑らかな歩行」という特徴を理解して、ロボットの具体的な動作に変換する

ことができるかもしれません。

さらに、

「今の歩き方を少し残しながら、別のロボットの滑らかな足の動きを加えて」

というような指示もできるようになるかもしれません。

これは、画像生成で行われている「特徴の変換」にかなり近い考え方です。

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  1. 「ロビ-二足歩行+立ちコマ」

例えば、ロビをベースに考えてみます。

ロビは二足歩行のヒューマノイドです。

そこで、極端な例として、

ロビ − 二足歩行 + 立ちコマの動き

とAIに指示してみる。

するとAIは、

「ロビの身体や外観は残す」

「二足歩行という特徴を取り除く」

「立ちコマのような動きの特徴を追加する」

という意味として解釈します。

そして、その結果として、

「ロビの姿をしているけれど、立ちコマのような動きをするロボット」

を生成する。

そんなことが、将来は可能になるかもしれません。

もちろん、実際には物理的な制約があります。

しかし重要なのは、

人間が一つ一つの関節の動きを指定しなくても、「どんな特徴を持たせたいのか」を指定できる

という考え方です。

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  1. 歩き方そのものを特徴として扱う

さらに面白いのは、ロボットの「形」だけではありません。

動きそのものも特徴として扱えるのではないかということです。

例えば、

「ロビの身体に、なめらかに動く足の動きを組み合わせる」

という指示です。

人間なら、「なめらかに」と言われても、それを20個のサーボモーターの具体的な角度データに変換するのは簡単ではありません。

しかしAIが、

  • 足の軌道
  • 関節の速度
  • 加速度
  • タイミング
  • 重心移動
  • 左右の連動

などから「なめらかな歩行」という特徴を理解できれば、それを別のロボットに移植できる可能性があります。

つまり、

「歩き方」をひとつのデザイン要素として扱える

わけです。

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  1. AIが抽象的な指示を具体的な動作に変える

ここまで来ると、ロボット・ジェネレーターのイメージが見えてきます。

例えば、

ロビ + なめらかな歩行 − 現在の歩行パターン + 立ちコマ的な動き

というように、人間が特徴を指定します。

するとAIが、

抽象的な指示

↓

ロボットの動作・機構として解釈

↓

3Dモデルやシミュレーション

↓

関節の動作データ

↓

実際のロボット用データ

というところまで変換していく。

現在は、この間に人間がたくさん入っています。

将来は、この「間」をAIが埋めていくのではないかと思います。

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  1. 2028年くらいなら?

では、いつ頃こういうことができるようになるのでしょうか。

5年先、10年先まで予測すると、さすがに分からなくなります。

技術そのものだけではなく、

  • どのAIが主流になるのか
  • どのロボットが普及するのか
  • どんなサービスが登場するのか
  • そもそも、この使い方が流行るのか

まで考えなければならないからです。

そこで、もう少し近いところを考えてみます。

2028年くらい。

現在すでに画像生成AIで起きていることを考えると、

「ロボットの特徴を足したり、引いたりして、新しい動作を生成する」

という考え方が登場していても、それほど不思議ではないと思います。

これは未来を断言しているわけではありません。

現在見えている技術の延長線上にある、2年程度先の想像

というくらいの感覚です。

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  1. 技術的にできても、流行るとは限らない

ここは非常に重要です。

「技術的にできる」と、

「実際にみんなが使う」

は別の話です。

例えば、ロボット・ジェネレーターが技術的には完成していたとしても、

「そんなものを誰が使うの?」

となる可能性もあります。

逆に、非常に簡単で便利な使い方が見つかれば、一気に広がるかもしれません。

画像生成AIが広がった理由の一つは、

専門家でなくても、言葉で指示すれば結果が出てくる

という分かりやすさだったのではないでしょうか。

ロボットでも、

「もっと猫っぽく動いて」

「転びにくくして」

「ゆっくりだけど力強く歩いて」

というような指示で、本当にロボットの動作が変わるようになったら、かなり面白いと思います。

そのとき初めて、

「ロボットを設計する」ことが、一般の人にも身近になる

のかもしれません。

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  1. 「生成できる」と「自分で作れる」は違う

ただし、ここには画像生成とは大きく違うところがあります。

AIがロボットを生成できたとしても、

そのロボットを自分で作れるとは限りません。

画像なら、生成した瞬間に画面で見ることができます。

ロボットの場合は、

  • 部品を用意する
  • 機構を作る
  • モーターを取り付ける
  • 電子回路を用意する
  • ソフトウェアを組み込む
  • 実機で調整する

必要があります。

つまり、

AIが生成する世界

と

現実の物理世界

の間には、まだ大きな距離があります。

だから、2028年ごろにロボット・ジェネレーターが登場したとしても、「自分で実際に作る」というところまで簡単になるかどうかは、別の問題だと思います。

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  1. ロボット・ジェネレーターという考え方

それでも、この方向は面白いと思います。

これまでのロボット開発では、

形を設計する ↓ 部品を決める ↓ 機構を作る ↓ 制御プログラムを書く ↓ 動かす

という順番でした。

これが将来、

「こういう特徴のロボットが欲しい」

↓

AIが設計する

↓

AIが動作を生成する

↓

シミュレーションする

↓

実機用データを作る

という流れになったら、ロボット開発の考え方そのものが変わります。

「プログラムを書く」というより、

「特徴を指定する」

ことがロボット開発の入口になるわけです。

これは、現在の画像生成AIが起こしている変化とよく似ています。

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  1. おわりに

5年先の未来を正確に予測するのは難しいと思います。

だから、あまり遠い未来まで考えるより、

今すでに始まっている技術が、あと2年くらい進んだら何ができるようになるのか

と考えてみる。

そのくらいが、今の自分にはちょうどいい未来予測に感じます。

画像生成AIでは、すでに「特徴を指定して、具体的なものを生成する」ということが始まっています。

だったら次は、

「ロボットの特徴を指定して、ロボットを生成する」

ということが起きても不思議ではありません。

「ロビから二足歩行を引いて、立ちコマの動きを足す」

「この歩き方の滑らかさを加える」

「もう少し転びにくくする」

そんな抽象的な指示だけで、AIが具体的なロボットの形や動作を作ってくれる。

もしそんな時代が来たら、ロボット開発はかなり面白くなりそうです。

そして、そのときに実際に自分で作って試せる環境があると、さらに面白い。

AIが「作る」時代から、人間がAIと一緒に「考えて作る」時代へ。

ロボットにも、そんな変化がやってくるのかもしれません。

AIにブログを渡すだけで、ジェネレータができる時代はいつ来る?

最近、ふと考えることがあります。

「自分のブログをAIにコンテキストとして渡すだけで、自分専用のジェネレータが作られるようになるのは、いつ頃なんだろう?」

以前は、5年くらいはかかるのではないかと思っていました。

ところが、最近のAIの進歩を見ていると、どうもその期間はもっと短くなるかもしれません。


1.以前は「5年くらい」と考えていた

これまで、自分のブログをコンテキストとしてAIに読み込ませ、その内容をもとに自分専用のジェネレータやツールが作れるようになるまでには、5年くらいはかかるのではないかと考えていました。

ここでいう「5年」というのは、単にAIが文章を書けるようになるという話ではありません。

自分が長年書いてきたブログをAIに渡して、

「これをもとに、自分が使えるものを作って」

と指示するだけで、実際に動くジェネレータまで出来上がるところを想定していました。


2.ところが、AIはかなり近づいてきた

最近のAIを見ていると、この予想は少し長すぎたのではないかと思うようになってきました。

すでにAIに文章や資料を渡して内容を理解させ、その内容をもとにプログラムや小さなアプリを作らせること自体は、珍しいことではありません。

以前なら、

  1. ブログを読む
  2. 内容を整理する
  3. 必要な情報を抜き出す
  4. 仕様を考える
  5. プログラムを書く
  6. 動かして確認する

という作業を、人間が順番にやる必要がありました。

ところが今は、そのかなりの部分をAIに任せられるようになっています。

つまり、AIの進歩で縮まっているのは、単にプログラムを書く時間だけではありません。

「アイデアから実際に使えるものになるまでの距離」そのものが短くなっているのだと思います。


3.ブログそのものが「コンテキスト」になる

ここで重要なのが、長年ブログを書いている場合です。

ブログには、単なる情報だけではなく、

  • 何を作ってきたか
  • 何に興味を持っているか
  • どんな方法を試したか
  • 何がうまくいかなかったか
  • どんな考え方をしているか
  • 以前はどう考え、今はどう考えているか

といった情報が大量に残っています。

つまり、長年書いてきたブログそのものが、自分専用のコンテキストになっていきます。

これは大きな意味があります。

あとからAIに全部を説明し直すのではなく、すでに残っている記録を、そのまま材料として使えるからです。


4.いずれ「ブログを書くだけ」でよくなる?

将来的には、

「このブログを読み込んで、自分用のジェネレータを作って」

とAIに指示するだけで、ある程度完成したものが出てくる可能性があります。

さらに進めば、

ブログを書く ↓ AIが内容を理解する ↓ 自分の知識や考え方を整理する ↓ 必要なツールやジェネレータを作る ↓ 新しい記事を書くたびに、それも反映される

という流れになるかもしれません。

そうなると、ブログは単なる「記録」ではありません。

自分専用AIを育てるためのデータベース

のようなものになります。


5.「5年」が「3~4年」に縮まる?

以前は「5年くらい」と考えていました。

つまり、2026年から考えれば、2030年代に入るくらいまで待つイメージです。

しかし、最近のAIの進歩を見ていると、

「そこまで待たなくてもいいのではないか」

と思うようになってきました。

もちろん、2028年に完全に「ブログを入れるだけ」になると断言することはできません。

ただ、

2028年ごろにはかなり近い形になり、2029~2030年ごろには実用的な形が普通になっている

という予想なら、以前より現実味があります。

つまり、

5年必要だと思っていたものが、3~4年程度に縮まる可能性が出てきた

ということです。


6.無料枠だけでもできるようになるのか

もう一つ気になるのが、これを有料サービスではなく、無料枠だけでできるようになるのかということです。

ここはAIそのものの性能だけでなく、

  • 一度に読み込めるデータ量
  • AIを使える回数
  • 保存できる容量
  • 生成できるプログラムの規模

などの制限が関係してきます。

そのため、「無料で完全に無制限」というところまでは分かりません。

ただ、AIの性能向上とともに、これまで有料でないと難しかった機能が、無料枠にも少しずつ降りてくる可能性はあります。

そう考えると、

「ブログをコンテキストとして渡して、自分専用の小さなジェネレータを作る」

くらいのことなら、無料枠でもできる時代が来ても不思議ではありません。


7.では、今は何をすればいいのか

面白いのは、今すぐ特別なことをしなくてもいいことです。

今までどおりブログを書いておけばいい。

ロビのことを書いてもいい。

ESP32のことを書いてもいい。

AIのことを書いてもいい。

3Dプリンタについて考えたことを書いてもいい。

失敗したことや、途中でやめたことを書いてもいい。

それらが何年かたったとき、AIにとっての「自分のコンテキスト」になります。

AIの性能が十分なところまで来たら、

「このブログを使って、これを作って」

と言えばいい。

そのとき、過去の記事が単なる過去ログではなく、初めて「材料」として使われることになるのかもしれません。


8.5年を待つのではなく、5年分を貯めておく

考えてみると、

「5年後にAIが完成する」

と考えるよりも、

「5年分の自分の記録を貯めておく」

と考えたほうがいいのかもしれません。

AIはその間にも進歩していきます。

そして、ある日突然、

「これ、もうブログを渡すだけで作れるんじゃないか?」

という境界を超える。

そのときに必要なのは、新しく大量の知識を入力することではなく、

すでに書いてきたブログがそこにあること

なのだと思います。


9.「ブログを書くこと」の意味が変わってくる

これまでブログは、開発記録だったり、自分の考えを整理する場所だったり、単純にその時々の出来事を残す場所だったりしました。

でも、AIの進歩を見ていると、そこに別の意味が加わってきます。

ブログそのものが、将来の自分専用AIの素材になる。

そう考えると、今書いている記事も少し違って見えてきます。

今日のロビの記事も、

今日のESP32の記事も、

今日のAIについて考えた記事も、

将来のAIから見れば、全部「自分を知るためのデータ」になるかもしれません。


10.5年から3~4年へ

今のところ、最初に考えていた「5年」という見積もりを完全に捨てるつもりはありません。

ただ、

5年だったものが3~4年に縮まる可能性は、以前よりかなり高くなってきた

そんな気がしています。

そして、もし本当にそうなれば、

「ブログを書く」→「AIに渡す」→「自分専用のジェネレータができる」

という流れが、特別な技術ではなくなるかもしれません。

そのときには、自分が何年も書き続けてきたブログが、そのままAIにとっての「自分専用の取扱説明書」になっているのかもしれません。

今はまだ、その途中です。

でも、だからこそ今は、あまり難しく考えずに、これまでどおり記録を残していけばいいのだと思います。

AIが追いついてきたときに、使える材料がそこにあればいい。

そんな感じです。


まとめ

今の自分の予想は、こんな感じです。

2026年: AIにブログを渡して、いろいろ試す段階 2027年: ブログ+AIでかなり実用的なものが作れる 2028年: 「ブログを入力するだけ」にかなり近づく 2029~2030年: かなり普通の使い方になる可能性 2030年代: 個人のコンテキストからツールを作ることが特別ではなくなる

もちろん、この予想が外れる可能性もあります。

でも、AIの進歩がこのまま続くなら、

「5年」ではなく「3~4年」

という感覚は、以前よりずっと現実的になってきたように思います。